シンギュラリティの誤解

カーツワイルの予測、2045年

新聞や一部の雑誌、特にビジネス誌などで「シンギュラリティ」という言葉を聞くことが増えてきました。数年前は一部の人しか知らなかった言葉ですが、一般に浸透してきたのを喜ばしく思います。

契機となったのは、ソフトバンクの孫正義CEOが、株主総会で自身の続投の理由に「シンギュラリティを見てみたい」と発言したこともあるでしょう。シンギュラリティという言葉が日本国内で大きく注目されました。

このシンギュラリティ(Singularity)という言葉、日本語ではあまり聞きなれませんが、それ自体は「特異点」(基準から外れるある特異な点)という意味の一般用語です。

我々が一般生活で特異点を意識することはないでしょうが、特に宇宙や数学の研究をしている方々には元々なじみがある言葉の様ですね。中国語では奇点と書くらしいですが、それもなるほどと思えます。

昨今よく使われている意味でのシンギュラリティ、これは世紀の天才とも言われ、シンセサイザーやフラットヘッドスキャナーの発明家でもあるレイ・カーツワイルが2005年に「The Singularity is Near」(邦題「シンギュラリティは近い」)という本で紹介したのが発端と言われています。最近エッセンス版が発売されていますので是非手にとって頂きたい本であります。

カーツワイルはこの本の時点で、テクノロジカル・シンギュラリティ、つまり技術的特異点が起きるのを2045年と予測しています。現在はもう少し早まる可能性があると彼自身言っているとも言われますが、人々が彼の言うことを信じるのは彼が天才であるという事実以上にも深い理由がありました。

実は、カーツワイルは過去に、チェスで人間がコンピューターに勝てなくなる時期や、外骨格ロボットが人間の行動を助けるようになる時期、そしてゲノム解析が終了する時期などを正確に予測しているのです。

特に、ゲノム解析に至っては、数年かけて0.1%しか解析が終わらず、科学者たちが悲観的になっているところに対して、カーツワイルは残り数年で解析が終わることを予測、その後ゲノム解析のスピードはコンピューターの速度とともに倍々に進み、実際カーツワイルの予測した通りになりました。

カーツワイルは2008年にシリコンバレーでももっとも突き抜けた教育を行うシンギュラリティ大学を創設、その後2012年にはエンジニアリングのディレクターとしてGoogleの経営に参加しています。

人工知能が知能を超える?

さて、このシンギュラリティですが、国内では「人工知能が人類の頭脳を追い越す」ポイントとして理解されている感があります。なるべくわかりやすく説明しようとした結果だとは思われますが、本来のシンギュラリティの意味としては正確ではありません。

まず、人類の頭脳を追い越す、人工知能が人間の知性を超える、とは何をもって言うのでしょうか。2016年3月、GoogleのAlphaGoが囲碁の世界的トップ棋士であるイ・セドル9段を打ち負かしました。これは、ある意味すでに人工知能が人間の知性を上回ったとも言えるでしょうか。

人工知能をどれだけ人間と区別できなくするか、その判断をするチューリングテストと言うものもあります。カーツワイルは2020年台後半に人工知能がチューリングテストに合格すると予測しています。いわゆる東ロボくん(「ロボットは東京大学に入れるか」)のプロジェクトも大枠では似ていると考えています。人工知能が人間の知性に追いついたという判断の一つとしては非常に分かりやすいですね。

しかし、おそらく、我々の想像力はSFやアニメによって想像された人工知能やロボットの意識が強すぎるのでしょう。冷静になって考えれば、人間の知性と人工知能の知能はどこまで言っても異質なものであるはずです。もちろん人工知能が人間の知性をシミュレートできるという可能性はありますが、その場合、それを表面的に作り出すことのできる人工知能は裏側で人間の何十億倍もの知能を有していることでしょう。

それに、異質なもの故に「あっ、たった今、人工知能が人間の知性を追い抜きました!」というのがクリアにわかるほど鮮明なポイントにはならないはずです。(なったら面白いですが)

シンギュラリティの定義

カーツワイルが予測するシンギュラリティとは純粋な時系列上の特異点です。人工知能やロボットが人間を超えるという曖昧なものではありません。それまでの時系列と非連続な進化が突然起こるポイントです。

カーツワイルの予測では、2020年代にはコンピューターの性能が人間の脳をはるかに凌駕するようになります。これはおそらく間違いなく起きることでしょう。2030年代には地球人類の脳の総量の10億倍ものコンピューター性能が毎年生み出されるとされています。

日本のスーパーコンピューター開発の第一人者であるPezy Computingの齊藤元章氏はその著書「エクサスケールの衝撃」の中で、今後約10年で約6リットルの箱の中に地球人類70億の脳の総量と同じだけの性能を納められると予測しています。

コンピューターの性能が人間の脳の何兆倍もの性能を有し凌駕する、このポイントはまだ定義上シンギュラリティではありません。人工知能が人間の知能を超えるポイントは進化の過程で予測可能な地点(2020年代)でありシンギュラリティとはまた違うのです。

前述の齊藤氏は、このポイントをプレ・シンギュラリティ(前特異点)と呼びます。それこそがファーストインパクトであり、シンギュラリティはセカンドインパクトであると定義します。

シンギュラリティのインパクト

カーツワイルは、そのシンギュラリティのインパクトを「予測できない」としながらも、

人間の能力が根底から覆り変容する」レベルであるとしています。つまり「人類が生物を超越する」というレベルだとも言えるでしょう。

シンギュラリティの説明では、科学技術が自身より優れた科学技術を作り出すポイントという説明もされます。つまり、進化が今までの時系列から解き放たれて無限に増殖を始めるのです。光速の限界を超えるかもしれませんし、そもそも生物を超越した場合には時間は無意味になるかもしれません。

シンギュラリティが起きた時には進化が発散・爆発します。映画トランセンデンスはまさにその瞬間を描こうとしていました。もし、それが本当に起きるならば、我々が(限界のある人間の脳で)あれこれ考えるのは無意味なことにも思えますね。

問題は、それに向けて我々がどうあるべきか、、、なのでしょう。シン・ゴジラのシンはシンギュラリティも含んでいるんだと思うのですが、どうおもいます?
さぁ、日本政府はどうやって立ち向かうのでしょうか・・・